ゲーメモ

羊達にささげるゲームブログ

ダンガンロンパV3の悪意はプレイヤーへの嫌がらせ程度では済まないという話

 いちおう毎日更新目指してたんですが何かめっちゃ頭痛くなってきて24時間くらい寝てました。画面の見すぎ。飯食わなさすぎ。日光浴びなさすぎ。思い当たる節はいくつかありますが、ロキソニンで治ったので反省の必要はありません

 デッドバイデイライトは面白いですよ。ほどよくパーティーゲームと対戦ゲームの間を取っている感じで疲れた頭には最適。経験値(グラインド)要素もあるので俺TUEEしたい人々にもおすすめできます。PS4版で始める方はまずカメラ感度を上げてチャプター:レザーフェイスを買いましょう。

 今回はニューダンガンロンパV3を擁護する話です。おとといの記事は力を込めて書きすぎたのであと100字くらいで終わらせようと思います

  そもそも僕が中高生くらいのときにシリーズ1作めがPSPで出たのですが、あの時代で弱小デベロッパのニュータイトルにしては整ったUI、特許取れそうな独特のキャラボイスシステム(「だべ」とか「もー!」とかのアレ)、洗練されたストーリーと2chでも隠れた名作扱いだった記憶があります。それがアニメ化してシリーズ3作目のV3が出た頃には僕はもう半分以上冷めてました。そうです、インディーズバンドとか大好きなタイプです。

 で、一部のゲーマーには結構不評だったみたいなんですね、このV3。今までの努力を無にするエンディングだとか、プレイヤーに嫌がらせをして楽しんでいるとか。基本的にネットでは頭の悪い人の方が声がでかいので当時はわざわざ擁護する声もそんなに出ませんでした。いや、現実もそうですね。ばかが多くて疲れませんか→放送禁止。

 で、『進撃の巨人』なんですけど。作者がなんかのインタビューで言ってたんですね。「一番描くのが難しいのは主人公だ」と。「他のキャラは勝手に動いてくれるが、主人公はどうしても物語の犠牲にしないといけないからなかなか動いてくれない」。へえ、大変ですねクリエイター。最近はそんなことまで考えないといけないなんて。

 ダンガンロンパシリーズの皆勤シナリオライター小高和剛氏も同じタイプなんだろうなあと、ツイッターなりインタビューを読むと思わされる。彼は「キャラが生きていること」を追求したあまり、あることに気付いてしまったわけですね。

『しょせん三次元の我々もキャラに過ぎないのに、二次元のキャラは消費物に成り下がっていてかわいそうだ』と。

 とくにV3発売からしばらくの間、氏の「自ら二次元になろうとしている感」にはそれなりに凄まじい執念を感じ取れました。今でこそ二次元のキャラクター商売には一区切りついたような気もしないでもないが、クソほど量産される格安深夜アニメやら、いたいけな素人をやりがい搾取で小説家にならせたり等々、最近の「キャラクター」たちは大層かわいそうな扱いを受けているわけです。特にコミケ的なアレの欲望と消費生活が結びついたハイレベルオタクの皆様には、V3で投げつけられた「我々は消費されない」というストレートな革命行為が金玉にぶっ刺さったのではないでしょうか。

 そういった意味ではV3は「現代社会を批判した作品として資料的価値が高い」、これは一つ言えることだと思います。僕ですか。僕は「ファニーゲーム」っていう映画を予備知識無しで見た経験があるので、不快になるのは慣れてるんです。むしろ例のラストバトルで突然の実写パートとか入ってくる位して頂いても良かったですよ。それに正直者なので素直に「今まで消費物扱いしてごめんね!」って思いましたので。今度は俺が消費される番だ!むしろ俺をぶっ殺してくれ。

 ちなみにダンガンロンパシリーズで一番好きなシーンは1作めの2話の推理中に自分だけの証拠をみつけてドヤっている山田です。その後のシリーズでは主人公以外が証拠を持っているパターンが少なくて悲しい。皆様是非1作めをやりましょう。

 

・今日のグラブル:白竜鱗が足りなくてサラーサが取れない。オクトー獲得を目指す。戦力もなくハレゼナ頼りでやってきたので今回寄生しかできない。渋い。